そまらば日誌

『身近に感じる伝統工芸』を目指して、絞り染めでものづくり!

また会える。

あっつー。
中途半端なもよう替えでは追いつかなくなってきた、6月も中ごろに向かっていってる今日このごろ。

皆さまにおかれましては、「マスクあっついわー」「やいのやいのいってるけど、結局五輪どうすんの?」とかなんとか言いながらもご健勝であってくれ。

みとですこんばんは。

前置きはいいんだ、個人的な話をしよう。


先日うちのおじいちゃんが亡くなった。

なお、コロナは直接の死因に関係しない。
病床の関係で引き留められず早めに退所したとかもちょっとはあったかもしれないけど、本人の希望で帰ったのもあったみたい。

まあ、もう充分生きた年齢ではあったんだけど、うちは母方の二世帯住宅でいっしょに暮らしてきた仲だからやっぱりちょっとさみしい。

実家を離れて遠方に嫁いだことをちょっと後悔した。幼いころから18年と2年くらい帰ってきた間同じ屋根の下で暮らしてたからもう充分いっしょに居たとは思うんだけどね。

生意気な孫(わたし)と対等に喋ってくれる祖父でした。

実は亡くなる前に最期の電話をして、そんとき「子供はどうするの?」と言っていたんだけど、なかなか絶望的であることを真摯にお伝えした。まあ、それも未来はわからんけどさ。
祖父よ、私はできることからやっていこうかなって思うよ。生きているかぎり。

親戚含め肉親がバンバン死んでいっていて天涯孤独への道をひた走っている気がしてならない。

うちの父はマスオさんで、祖父とは血の繋がらない関係ではあるけど、一緒に暮らしていくなかで実の息子と父のような関係になっていった、と挨拶で言っていた。
当時に比べて今はおそらく二世帯住宅は減っていて、それはつまりまあ、別々で暮らすのがお互いのためってな答えなのかもしれない。
んでも、案外二世帯ってのも悪いことばっかじゃないのかもね。

ま、父は働きに出てたしガチンコバトルしたわけじゃないだろーから、きれいな言葉になるのかもしれない、が。

そんなこんなです。

葬式ってのは自分のルーツを知ることになる。
わたしにも祖父の実家の血が入ってて、まーなんらかの才能をいただいているのかもしれない。

せいぜい天国で見守っていて。
私の母と母のお姉ちゃんもおるし、思いっきりつかみ合いの喧嘩でもして、満足したらのんびりしてください。