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そまらば日誌

『身近に感じる伝統工芸』を目指して、絞り染めでものづくり!

自分が自分を信じてやれなくって一体誰が信じてくれるんだろう

 

きのう作ったサングリアを舐めながらこんばんは、みとです。

アレやな、レモン入れすぎた。すっぱいの好きだからってまる一個スライスは多かったようです。白ワインがのこってるので減ってきたらはちみつ混ぜて増量しとこう。

 

 

今日は雪花絞りのストール用に1本染めました。

 

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ものづくりってもしかしたら最初は誰かに作ったものを見せて、「おぉ、いいね!」と言われるとこからスタートするのかもしれないんですが、歩いていけばいくほどにどんどんどんどんまずは自分で自分を評価することが必要に感じるようになりました。

 

私は幼少期、母に「おぉ、いいね!」と言ってほしくてせっせと幼稚園でアレコレ作ってた気がするんですが、彼女、書道を嗜んでましてね、大学まで書道専攻で行ったような人なので幼児が「ままー!これできたよー!すごいでしょ~」って言ったところで「は?なにこれゴミ?」ですよ。あ、この物言いは極端かもしれんけど。とにかくそう簡単に私が作ったものに「おぉ、いいね!」なぁんて言いません。

 

白状すると、私はお母さんに認められたかった。そりゃもー長いことw

大学に入って家を出て、母が近くにいない環境になったときぐらいから少~しずつ、自分で自分の作品を評価することを始めた気がします。自分で自分の作品に「おぉ、いいね!」と言ったり、「もーちょいここをどうにか」とか。自分の外部で評価してくれる人がいないのでもう自分でやるっきゃない。

そしたら不思議なことにちょびちょび、たまにだったかもしれんけど、帰省した折なんかに私が作った作品を見せると彼女が「おぉ、いいね!」と言うようになった。

これ、実に不思議なことに人に「私を評価してくれぇえ!!!『いいね!』って言ってくれええ!!!!!」って思ってる間は叶わないんですね。「もうええわ。好きにやるわ」ってな感じであきらめたくらいに振り向かれたりする。

 

ここまでくるのに実に時間がかかったよ・・・

 

 

あ、ただね、ものづくりをビジネスにする場合、ある作品に対して自分で「おぉ、いいね!」って評価しても売れてかなかったりもする。逆に「私のシュミではないけどいちおう出してみっかー」ってなものが売れていったりもするw

ビジネスになると自分のみの評価じゃなくって市場に評価されるわけだからね。

そこが面白いところでもあると思うのよね。 

 

 

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↑『雪花絞り』は染液に突っ込んだらイッパツ勝負。

油絵みたいにチョイチョイと後で直すことができません。

 

これは母がやってた書道にも通ずるものがある。

にじみやぼかしのような味わいと、「失敗だわ」と思ったら容赦なくボツになる現実。

 

 

今日も息をとめる、とまではいかないでも、息を整えて鍋の染液を見つめる。

たまに勝手にプレッシャーを感じてみたりもするが、最後は『自分が自分を信じてやれなくっていったい誰が私を信じてくれるんだよ』と己に呟いて雪花絞りの三角形の板を染液に沈める。